みかんいろの月

Kis-My-Ft2の横尾さんがダイスキデス。

推しが結婚しました

横尾渉さん、ご結婚おめでとうございます。

 

横尾担になったおかげで、たくさんの経験ができて、たくさんの幸せをもらったので、横尾さんには感謝しかありません。そんな横尾さんの結婚だから、心から祝福しています。

 

今まで、ジャニーズにも芸能界にもほとんど興味のなかった私が、雷に打たれたようにオレンジ色の沼に転げ落ちたのは2015年の夏。口を押さえても押さえても漏れ出てくる好きという叫びをぶつけるように、はてなブログを始めたのが2016年の春。それから231本の記事を書きました。

 

このブログには231本ずっと、私は横尾さんのどういうところが好きなのか書いてきたけれど、1つだけ書かなかったことがあります。

 

それは、「横尾さんは私に似ている」ということ。

 

いや、もちろん私は容姿が優れているわけではないし、歌もダンスもできない。料理や俳句など人に誇れるものもないし、努力もできない。「似ている」なんて言うのは失礼でおこがましいことはわかっています。

 

私が横尾さんを知ったきっかけはキスマイBUSAIKU!?です。舞祭組結成前後あたりの横尾さんから「他人なんか信じない。でも信じたい」という心の叫びを感じて、「この人私と同じだな」と思ったのでした。ただの私の感覚だからうまく説明できないし、実際はまったく違うのかもしれないけれど、例えば、みんなが笑っているところで1人だけ笑っていないところとか、フィクションであっても他人を巻き込まないところとか、「カッコよさ」にも「笑い」にも振り切らず、ただ自分の考えたプランを貫くところとか。そう思って横尾さんを見ていると、不器用だけど器用なところとか、寡黙なのに饒舌なところとか、知れば知るほどシンパシーしかなくて、「横尾さんは私だ」と思うようになりました。だから、横尾さんに良いことがあれば自分のことのように喜び、良くないことがあれば自分のことのように心配してきました。「ガチ恋」とか、「母親の気持ち」とかいろいろな推しのスタンスがあるけれど、私は自分を応援するように、横尾さんを応援してきたのだと思います。

 

だから、横尾さんの結婚は、自分の身に起きた慶事のように嬉しいのと同時に、「横尾さんは私ではない」という(当たり前の)証拠を突きつけられたような寂しさもある。これから先も、横尾さんのことは大好きだけれど、もう「自分のことのように」嬉しくてテンション上がったり、「自分のことのように」心配で眠れなかったりということはなくなるのかなと思います。でもそれは「推しとの適切な距離」なのだと思います。


改めて、横尾さん、ご結婚おめでとうございます。
どうかどうか、幸せになってください。
これからも、応援しています。